学校法人の経営分析の方法
学校経営分析の重要性
近年、少子化や人口減少などによって、学校法人にも経営学の視点が強く求められています。具体的には、経営学の視点を学校経営に応用することによって、
・他校との差別化強化による効果的な募集対策の実施
・組織内マネジメントの円滑化
・教員の自律性、戦略意識の醸成
など、様々な効果が見込まれます。当事務所は、学校教員の業務改善だけでなく、学校経営のコンサルティングも行っておりますので、これら学校経営も専門として活動しております。
このような学校経営コンサルティングにおいて実際に使用する分析手法のうち、「フレームワーク」と呼ばれる分析ツールを、いくつか簡略化して解説していきます。
(フレームワークとは、ある物事を考える上での決まった視点であり、このような視点で物事を考えることで効率的に分析を進めることができます)
なお、経営や戦略に限らず、学校の財務分析の手法について知りたいという方は、こちらのページをご確認ください。
→学校の財務分析の手法
以下、少し文章が長くなりますので、目次をご活用ください。
学校経営分析の方法
3C分析
3C分析とは、「Company:自校」「Customer:顧客」「Competitor:競合」に分け、企業・組織とそれを取り巻く環境とを分析・整理するフレームワークです。
例えば、ある学校法人が自校について3C分析を行う場合の着眼点は、以下のようになります。
【自校】
・生徒数の推移について
・入学希望者数の推移について
・市場シェアの推移について(専門的分析が必要です。詳しくはお問い合わせください)
・教員や職員の勤務状態について(仕事量のバラツキ、残業時間など)
【顧客】
・生徒の属性について(志望理由、志望決定プロセスなど)
・保護者の属性について(学校への関心度、行事参加度など)
・周辺地域の就学年齢人口について
・地域住民や団体からの要望について
【競合】
・近隣他校の入学希望者人数、倍率の推移について
・近隣他校の学校数について
・近隣以外の他校について(離れていても、部活や学力等の特色により十分競合になり得ます)
・競合他校の特徴について
このような着眼点から、自校を分析する手法が3C分析です。漠然とした状態から思いつきで自校の特徴を挙げていくのと比べ、このような切り口に合わせて考えていく事で、ヌケモレのない分析を行うことが可能です。(特に学校法人の場合、競合の視点が抜け落ちやすいです)
PEST分析
PEST分析とは、企業を取り巻く外部環境を「Politics:政治的要因」「Economy:経済的要因」「Social:社会的要因」「Technology:技術的要因」に分け、分析するというフレームワークです。
PEST分析の特徴は、学校の外部環境のみに注目して分析を行うという事です。3C分析では、「自校」として学校の内部環境を分析する要素がありましたが、PEST分析では学校外の環境のみに絞って分析を行うことに特徴があります。
SWOT分析
SWOT分析とは、「Strengths:強み」「Weaknesses:弱み」「Opportunities:機会」「Threats:脅威」に分け、企業の内部環境と外部環境を分析・整理するフレームワークです。
個人的意見ですが、我々コンサルタントもSWOT分析は非常によく使いますので、ぜひ活用して頂ければと思います。
SWOT分析の4要素ですが、これらは「内部環境」「外部環境」「プラス要因」「マイナス要因」の4つの視点で切り分けることができます。以下のような形です。
・強み:「内部環境」かつ「ポジティブ要因」
・弱み:「内部環境」かつ「ネガティブ要因」
・機会:「外部環境」かつ「ポジティブ要因」
・脅威:「外部環境」かつ「ネガティブ要因」
具体的に該当する検討項目の例は、以下の通りです。
・強み、弱み:人材力、進学実績、広告宣伝(広報)、資金力など
・機会、脅威:政治、経済、社会などのマクロ環境(大きな環境)や、市場、競合、流通などのミクロ環境(小さな環境)など
具体的には、以下のようなフォーマットに書き出すのがおすすめです。
このフォーマットでSWOT分析を行った例が以下になります。
イメージが湧きましたでしょうか。もちろん、上記はある学校をベースにした事例ですので、自校に置き換えて分析をして頂ければと思います。
4P
4Pとは、「Product:製品戦略」「Price:価格戦略」「Promotion:販促戦略」「Place:流通戦略」の4つの視点からマーケティング戦略を考えるフレームワークのことです。
一口に「学校マーケティング」といっても何から検討すればよいか難しいところですよね。そこで、製品(学校の場合は提供サービス)、価格(学校の場合は授業料など)、販売促進、流通(人材や資材の流れ)という切り口を知っておくことが大切なのです。
この4要素は、以下のような観点から2つの性格に分類されます。
特に陥りがちなのが、「価格戦略一辺倒」の組織です。小売業などでありがちですが、商品やサービスの価格ばかり気にしてしまい、販促や製品サービスについての検討が甘いというケースです。
このように、4つのマーケティン要素の1つだけに集中してしまうというのは、学校においても全く同じことがいえます。学生募集対策として授業の質を高めよう、部活動でもっと結果を出そうと努力していても、「製品戦略」を取るばかりで「販促戦略」を怠っては意味がありません。特に学校の場合は販促戦略の意識が薄かったり、意識はあっても有効でなかったりということが多く見られます。
学校説明会の充実や、近隣中学(自校が高校の場合なら)・塾などへの営業活動である「販促戦略」を改めて考え直すことも重要だと考えます。
STP
STPとは、それぞれ「S:セグメンテーション」「T:ターゲティング」「P:ポジショニング」の訳であり、自校を他校と差別化したり、マーケティング戦略を立案したりする際に非常に役立つフレームワークです。分析の順番も「S→T→P」の順番に行います。具体的には、以下のような流れです。
ステップ@:「S」セグメンテーション:市場を顧客属性により細分化する
ステップA:「T」ターゲティング:どのセグメント(市場)を対象として商品・サービスを展開するか決定する
ステップB:「P」ポジショニング:自校と競合他校との位置付けを確認し、戦略を策定する
まず、セグメンテーションとは、市場を顧客属性により細分化することをいいます。細分化されたそれぞれの顧客のまとまりをセグメントと呼びます。
イメージ化したのが以下の図です。
このように、市場(学校がターゲットとする顧客など)は見方によって複数の切り口が考えられます。代表的な切り口は、「地理的(ジオグラフィック)」「心理的(サイコグラフィック)」などです。地理的基準とは、生徒を住んでいる場所などで分ける考え方であり、心理的基準とは生徒を趣味嗜好や欲するサービスなどで分ける考え方です。
次にターゲティングとは、自校が標的とする市場を決定することです。ここでいう市場は、先ほどのセグメンテーションで切り分けた後の市場をさします。イメージ図が以下になります。
「企業・組織のサービスや製品」と書いてありますが、学校に置き換えれば「学校・組織の提供サービス」ということになります。なぜ、セグメンテーションで切り分けた後のセグメントをターゲット(標的)にしなければならないかというと、学校組織が保有する資源は有限だからです。もし、「教員」「お金」「時間」などの経営資源が無限にあるのでしたら、当然全てのセグメントをターゲットにすべきです。しかし、現実的には限られた資源の中で他校と戦わねばならないことから、必然的に自校が優位に立てるセグメントを標的とすべきなのです。
最後に、ポジショニングです。ポジショニングとは、自校のポジションを市場において見出すことをいいます。言い換えると、自校の立ち位置を考えるという意味です。
例えば、ある都立高校をモチーフにポジショニングを行った例が以下の図になります。
ここでは、ある都立C高校が、「校則」と「学力」でポジショニングを行った例です(これをポジショニングマップといいます)。このようにポジショニングマップを作成すると、円が密集している部分が競争が激しい領域であることが分かります。点線のマルで書いたところがこの都立C高校の現在のポジショニングですが、他校と差別化し競争を回避するため、実線のマルの部分へ移行することが検討されます。
また、ポジショニングマップは軸を変えることで様々な目線から他校との立ち位置を考えることができるため、非常に強力な分析ツールだといえます。
競争地位別戦略
競争地位別戦略とは、市場におけるシェア順位やターゲット市場によって、とるべき戦略を決定する手法をいいます。
非常にシンプルに考えるだけでも、地元最大手の学校と、シェア2番手の学校では当然戦略も変わってくるし、2番手の学校でも目指すべき方向性によって戦略も変わってきますよね。これを論理的に考えるためのツールが「競争地位別戦略」です。
競争地位別戦略は、以下のフローチャートによって決定した競争上の地位によって、取るべき戦略が決定します。
・競争地位別戦略において、トップシェアの学校は「リーダー」と呼ばれます
・それ以外の学校で、トップシェアを目指している学校は「チャレンジャー」と呼ばれます
・それ以外の学校で、独自のターゲット市場(生存領域)を持っている企業は「ニッチャー」と呼ばれます
・それ以外の学校は、「フォロワー」と呼ばれます
そして、それぞれの学校が取るべき戦略が以下になります。
リーダーの戦略:フルライン戦略と同質化
リーダー校は当然規模も大きいため、人材面や金銭面での数的有利に立っています。これらの経営資源をフルに投入し、「全ての子どもを対象とするような」教育サービスを提供していくのです。リーダー校はこれにより、自校に受験する生徒を最大化することができます。これをフルライン戦略と言います。
また、同質化とは、2番手校などが行っているサービスや取組を徹底して「マネする」ことをいいます。経営資源に優れているリーダー校は、他校の取り組みをある程度簡単に真似することができます。これによって、他校の特色を実質的に無力化することができるのです。
チャレンジャーの戦略:差別化戦略
チャレンジャー校は、リーダー校に対して経営資源で劣ります。その状態で、リーダ校との違いをアピールすることができなければ、子どもたちや生徒はリーダ校を選ぶことでしょう。
そこで、チャレンジャーはリーダー校と違う取り組み、サービス、特色を打ち出し、差別化を図ることによって、自校に受験する生徒を増やし、在校生の満足度向上を図るのです。
当然、先ほど説明したようにリーダー校が同質化戦略を取ってくる可能性もあるので、それを見据えた戦略が重要となります。
ニッチャーの戦略:ニッチ戦略
市場を広げたり、サービスの提供内容を広げると、リーダー校などとの競争に巻き込まれてしまいます。ニッチャーはそれを避けるため、特定市場に集中特化して、その中での需要を拡大して生き残ります。例えば、国際教育や発達支援教育、部活動への注力などです。
リーダー企業はこのような小さな市場へは採算の観点から参入することが難しく、ニッチャー企業の生存領域となります。(例えば、マンモス校がこれからは国際教育に大きく軸足を移すということになると、その学校を選ばない子ども達も多く現れてしまうため、現状と比べ募集倍率の低下が予想されます)
フォロワーの戦略:模倣追随戦略
リーダー校がとる戦略を模倣することによって、リーダーのおこぼれを拾う戦略です。もちろん、リーダー校には経営資源でもブランド価値(知名度など)でも劣るため、リーダー校に勝利することはできませんが、リーダー校に受験で落ちた子どもや経済的事情や地理的事情で通うことができない子どもなどを取り込むことが期待できます。
ランチェスター戦略
ランチェスター戦略とは、弱者の立場と強者の立場に分け、それぞれの立場にあった戦略をまとめた考え方です。特徴は、「弱者と強者の立場に分け」という部分です。
元々はランチェスターという航空工学者が軍事戦略のモデルとして考えたのがこのランチェスター戦略ですが、この考え方は企業経営、そして学校経営にも十分応用することができます。
まず、ランチェスター戦略の基本理論は、「戦闘力=武器効率×人数」です。
これが基本理論です。つまり、いい武器を持っていて人数が多いほうが勝つということです。これではいい武器を持って人数も多い側(=大規模校)が勝利することになってしまいますが、必ずしもそういうことではないのです。
そして基本理論を抑えた上で、強者と弱者がそれぞれ取るべき戦略をまとめたものが以下の図です。
順番に説明してきます。
・基本戦略:「強者のミート戦略(幅広く扱う)に対し、弱者は差別化戦略(個性を尖らす)をとるべきである」
非常に重要な考え方です。「受験指導」「学習指導」「進路指導」「部活動」「英語教育」「理数教育」「体験学習」「地域活動」「ボランティア活動」など、全ての領域でリーダー校に勝とうとするのではなく、特定領域で勝負を仕掛けるというのが基本戦略です。
・商品,サービス:「強者の物量戦(様々なモノに資源を投入)に対し、弱者は一転集中主義をとるべきである」
基本戦略を具体化するのがこの商品・サービス戦略です。自校の経営資源の量を十分に鑑み、間違っても「全てに全力」というような経営戦略とならないような冷静な判断が求められます。
・地域戦略:「強者の広域戦に対し、弱者は局地戦をとるべきである」
先程の基本戦略に基づき、特定の領域に絞ったサービス展開を行います。例えば、「受験指導」「学習指導」を最大の柱とすることを決めたならば、営業先は学習塾の中でも難関校受験を中心に扱っている塾が中心となるかもしれません。そんな中、あれもこれもに手を出し、幅の広すぎる受験指導体制を整えようとすれば、聞こえはよいかもしれませんが地域住民や保護者からすれば「なんの特徴もない学校」となってしまい、大規模校への敗北が待っています。
・流通戦略:「強者の遠隔戦(顧客と距離を置く)に対し、弱者は接近戦をとるべきである」
学校の場合、流通(ロジスティクスなど)に関しては戦略としての優先順位が低いため、ここはあまり深く考えなくても大丈夫です。その分、流通戦略以外の戦略について熟考しましょう。
・顧客戦略:「強者の確率戦(たくさんの客を狙う)に対し、弱者は一騎打ち戦(一人ひとりを狙う)でいくべきである」
例えば、1人1人に合った説明やサービスを行います。組織とは規模が大きくなればなるほど、1人1人への対応が困難になります。街中の小さな居酒屋と、大規模チェーン居酒屋の接客を見れば一目瞭然ですよね。学校も同じで、有名校などたくさんの生徒や保護者が集まる学校ではのような戦略は絶対に取れません。ある程度、集まる人数が限られている学校だからこそできる戦略なのです。
・戦法:「強者の誘導戦(他社にマネさせ個性をなくす)に対し、弱者は陽動戦でいくべきである」
これは、差別化戦略そのものです。リーダー校と同じことをやっているようでは、どんなに良くても2番手校止まりです。この考え方は先ほど説明した「競争地位別戦略」と全く同じものですね。トップ校はフルライン戦略、チャレンジャー校は差別化戦略なのです。
ポーターの差別化戦略
ポーターの差別化戦略とは、戦略を「差別化戦略」「コストリーダーシップ戦略」「集中戦略」に分け、3つにパターン化したもの。
ポーターさんが考えたため、このような名前が付けられています。この戦略概念を簡単に示すと、以下の図のようになります。
・コストリーダーシップ戦略:顧客ターゲットが広く、他社より低コストで商品やサービスを展開する戦略です。
この戦略がとれる大前提は、十分な金銭的・人的資源を持っていることです。したがって、学校としては中規模〜大規模校で採用しているケースが多いです。
・差別化戦略:顧客ターゲットが広く、顧客が認める特異性を売りにして商品やサービスを展開する戦略です。
学校に置き換えると、分かりやすいのは宗教系の大学付属中学高校などです。こういった学校は自由な校風、独創的な学校行事が豊富であり、他校と差別化された特色を持っています。そして、入学金や授業料も高いことが一般的ですよね。差別化によって、高価格や人気を実現しているのです。
・集中戦略:顧客ターゲット層を狭く絞り、商品やサービスを展開する戦略です。
学校に置き換えると、生活支援(指導)等を行う学校や特色ある学科を持っている学校などがこの戦略を取っているといえます。仮に金銭的資源や人的(教員数等)資源が豊富でなくても、顧客ターゲット(顧客として対象とする生徒)をしっかりと絞り、入学者数を確保している学校です。
成長ベクトル論
成長ベクトル論とは、企業・集団の成長の方向性を決定するための手法のことです。
学校でも、今後どのような取組をおこなっていくべきか、どのような新サービスを提供していくべきかなど、迷われることも多いと思います。このような時に活用できるのがこの成長ベクトル論です。
成長ベクトル論では、商品・サービスの軸と市場の軸に分け、それぞれ既存なのか新規なのかという4つに分類して考えるのが特徴です。
・市場浸透戦略:商品・サービスが既存であり、市場も既存の領域です。
つまり、今ある商品やサービスを活用し、今の市場をさらに深堀していく戦略となります。例えば、既存の生徒と同様の属性(志望校、偏差値、居住地域など)の生徒の新規獲得、夏期講習等の講座選択数増加促進などが考えられます。
・市場開拓戦略:商品・サービスが既存であり、市場は新規の領域です。
つまり、今ある商品やサービスを活用し、新しい市場に向けて販売していく戦略となります。例えば、新たな属性の生徒の獲得(志望校、偏差値、居住地域、塾へのニーズなど)が考えられます。
・新商品開発戦略:商品・サービスが新規であり、市場は既存の領域です。
つまり、今の市場に向けて、新しい商品やサービスを開発・提案していく戦略となります。例えば、夏期講習や授業の新規メニュー作成、新規サービスの検討(web授業動画配信や帰宅見守りサービスなど)が考えられます。
・多角化戦略:商品・サービスが新規であり、市場も新規の領域です。
つまり、新しい商品やサービスを開発・提案し、それを新しい市場に向けて販売していく戦略となります。学校の場合、多角化は非常に大きなリスクを伴います。教育業界は教育という公益性の高いサービスであるため、多角化を目指すならば収益に特化しないような方向性を模索することも重要だといえます。
学校経営分析のまとめ
ここまで、経営戦略立案のフレームワーク(ツール)を解説しながら、それに沿った経営分析の考え方を紹介しました。しっかり読むと分かることですが、ほとんどのツールに共通した考え方として、「優勢ならば広く、劣勢ならば狭く」というものがあったことに気付かれましたでしょうか。
自校の状況をしっかりと把握するためにも、このような視点から経営分析を行って頂ければと思います。
学校経営についてご相談やご質問などありましたら、メールにてお待ちしております。